12 カタカナ言叶への忧欝
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自己先读读看!
カタカナ言葉への憂鬱
夏目漱石の「坊っちゃん」に出てくる教頭の赤シャツは、いやな男として描かれる。大学卒で、時々「帝国文学」という雑誌を学校へ持ってきてありがたそうに読んでいる。坊っちゃんは気に入らない。
「赤シャツの片仮名はみんなあの雑誌から出るんだそうだ。帝国文学も罪な雑誌だ」。赤シャツが並べた片仮名は人名だったが、坊っちゃんが今の世を見たらカタカナの氾濫に驚くだろうな————などと、本紙名古屋本社版などの記事を読んで思った。
岐阜県の男性(71)が、NHKのテレビ放送に外国語が多すぎると裁判を起こした。分かりづらくて精神的苦痛を受けたとして慰謝料141万円を求めた。コンテンツやコミュニティーデザインなどを例に挙げて、日本語を軽視するような姿勢は疑問だと訴えている。訴訟への賛否はあっても、思いに共感する人は多かろう。NHKだけではない。新聞、雑誌、民放も、政府も企業もカタカナ語だらけ。こっそり申せば小欄も、時おり読者のお叱りを頂戴する。
明治の初め、知識人はなだれ込む外国語と格闘して、片っ端から日本語の服を着せた。哲学、個人、理性をはじめ喜劇、悲劇、社会、意識……。一語一語が国民の財産になってきた。
「外来語、カタカナ語を乱用するのは怠けである」と英文学者の外山滋比古さんがマスコミに苦言を述べていたのを思い出す。赤シャツよろしく気取って使うなどもってのほか。外来語に虫食いにされぬ美しい日本語のために、省みることが多い。
2013年6月28日


